連載『明日の眼の裏』
「ふぉにまるのまぬけインド旅」

※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


1,シーザー・カエサルとの旅



 本人が死にやがったせいで許可がとれないので、あだ名をもじった呼び名「シーザー」と、この旅の相棒の事を呼ぼうと思う。残念ながら彼の写真も控えることにする。

 24歳の冬、10月から1月の3ヵ月間、亡き友人シーザーと、インド・ネパールを旅した。



 ニューデリーに着き、ジャイプールで普通に観光し、ムンバイを通り抜け、ゴアでドラッグ沈没し、バラナシで旅の一番の目的だったヘロインを。 

 『地球の歩き方』に「旅行者を襲う山賊が出る」と書かれているルートをバスで通り抜け、国境を越えネパールのポカラでまた沈没。 

 カトマンズで道を歩いていると「ヘイ、モンゴロイド!」などと声をかけられたり、店で自分たちだけ料理が出てこないなどの人種差別にあったりもした。 

 帰りの飛行機が決まっていたので、障碍者車両に乗り込み、席の取れない列車を乗りついで弾丸のようにニューデリーに戻った。 

 そんな色々があった時の旅行記のようなものを書いていこうと思う。 

 僕らは知っていた。飛行場のタクシーはほとんど詐欺。最悪軟禁されて金を引き出させたりするそうだ。朝まで待てば地下鉄が動くのだが、我慢できなくなったシーザーが勝手にタクシー運転手たちと交渉をしていた。 

 僕は夜中に集うタクシーの中では、日本人を含めた外国人を狙ってクレジットカードのナンバーを聞き出したり、お金をおろさせたりするような軟禁事件が多発しているという話を聞いていた。だがシーザーが「朝の地下鉄を待てない」と言い張り、結局根負けしてタクシーに乗ることになった。金のない僕らにとって、この旅は交渉の旅だったと言っていい。インドで外国人相手に商売しているものに話しかけられれば交渉が始まる。最初にふっかけられた半分、あるいはそのまた半分以下の値段になるのだ。 

 タクシーマンたちとのはじめての値下げ交渉。相場がわからない。みんな「そんな値段では行けない」というが、奥からやってきたおじさんが「その値段でいい」と言い放ち、破格の値段で交渉が成立した。僕は何か悪い予感がしていたが、流れに身を任せてしまった。 

 車に乗り込むとシーザーはさっそく運転手にマリファナはどこで手に入るか聞いていた。「早速すぎる。我慢できないの?」と僕はたしなめつつも、(あったらいいな)と自分自身も思ってしまっていた。運転手が「とってきてやる」と言ったので、言われた通り500ルピーほどを渡すとすぐに持ってきてくれた。15センチ四方の圧縮ビニールに入っていて10グラムはあった。500ルピー、1000円しない額だ。

 タクシーがぐるぐると同じ道を回り始めた。知らない場所に連れていかれ、謎の集団に取り囲まれてしまった。「これはやはりネットでみた詐欺の手口だ!」察した瞬間に、僕はシーザーに「逃げよう」と耳打ちし、詐欺集団の横を走り抜けた。長い飛行機旅でぼんやりしていたのかもしれない。重たいバックパックを持って走るのはかなり骨が折れた。

 走る通りには偽物警官がその裏路地を塞ぐように僕らを待ち受けていた。偽警官はシク教のターバンを巻いていた。日本では「インドといえばターバン」というイメージだが、実際にはシク教という、人口の2%ほどの宗教に入信している人間だけがかぶっているらしい。 

 「そいつら大麻を持っている!」と偽警官に叫ぶタクシーマン詐欺師たち。そいつらがインド人同士で英語を使っている事もかなりおかしい。恐怖の中、ひたすら走り続けた。

 目に入った通りの家の塀の物陰に隠れると、ぞろぞろと通りを練り歩き、僕らを探している気配がした。「ワオ~ン」と犬の声真似で鳴く詐欺師たち。ふざけているのだろうが、思惑通り僕らは恐怖を感じつつ、塀の後ろを悪人たちがぞろぞろと足音を立てて歩いているのを感じていた。 僕とシーザーはずっと息を止めていた。

 そしてそのまま他人の家の物陰で朝がくるのを待った。

 詐欺師たちの気配がなくなり空もうっすらと明るくなった。シーザーはここを離れる前にさっき手に入れたマリファナを味見したいと言った。

 「今そんなものを吸ったら体が重くなってバックパック持てなくなるだろ! ホテルまで行けなくなるし、外だし、我慢しな!」と活をいれたつもりが、完全に僕を無視して彼は知らない人の家の庭でジョイントを巻き始めた。

 結局僕も吸ったがあまりに薄い効き方だった。きっと自生していたものだろう。シーザーは「くそ梵だね」といって歩き始めた。まだこの国のことをよくわかっていない現況でこれを持っているのは物騒かもしれないと、珍しく二人の意見が一致し、マリファナはその家の庭に置いていった。

 とりあえず『地球の歩き方』を片手に自分たちが今どこにいるのかを把握し、近場で泊まれる場所を探すことにした。

 歩いていると「USホテル」と「UKホテル」という派手に見せてはいるものの古めかしいホテルを見つけた。店のエントランスは結構小ぎれいに見えたが、部屋の中はなぜか中心に窓があり、汚い吹き抜けのようなものがあった。日本では見たことのない建物の構造をしていた。吹き抜けを覗くと真っ暗で底は見えず、ぽとぽととゴミに混じった水が滴っていて、とても硫黄臭かった。この卵を腐らしたかのような硫黄臭さを嗅ぐと、今でもインドを思い出すくらい、旅の間に何度も嗅ぐことになる臭いだった。



 僕は疲れてそのまま眠ってしまったが、その間にシーザーは祭りに一人で出かけ、そしてさっそく携帯を盗まれ、面倒なことに日本などへの連絡手段は完全に僕一人にゆだねられるという事態になった。

 ここまで書いてきてわかったことがある。僕らはまぬけだ。

 僕はまぬけだが、シーザーはもっとまぬけだ。そしてわがままだ。まぬけな二人のまぬけな旅が始まった。




2.ムンバイ



 ムンバイの中心、セントラルというところで降りなきゃいけないのに、4駅通り過ぎて終点で夜中に放り出される。ひたすらうろうろする。こんな事ばっかりだ。

 やっとのことで見つけた宿の前で荷物をおろすと、歯の出た背の高いお兄ちゃんが話しかけてきて「もっと安いところがある」というのでついていく。マリファナも買う。

 宿は人が二人やっと寝られるくらいのネットカフェ的な密閉空間。30センチほどの小さな窓を開けてマリファナを吸うが、部屋が狭いのであっという間に臭いが充満していく。ノックが鳴り「臭いぞ!」と受付の人がやって来て怒られる。「あいつ(出っ歯の兄ちゃん)が何度も来てうざいから、追い払ってくれ」などと言われる。シーザーが対応していたが、僕は草を吸って他の世界にぶっ飛んでいたから、それを覗き込んでただぼーっとしているだけだった。怒鳴っている受付のおじさんが僕を呆れ顔で見ている。おじさんが遠くに遠くに離れていく。幸せだったが、とにかく疲れていたのですぐに眠ってしまった。


3,ニューデリー



 市場で服のたたき売りがやっている。人がごった返してわんさかしているうえに、二人とも興味をそそられるものが目に入るたびに足を止めるので、すぐにシーザーとは離れ離れに。

 「柄シャツが200ルピー!?」僕は三枚ほど買ったが、どれもしわくちゃになったり、ボタンが取れやすかったり、インドで買ったものはどれも壊れやすかった。1500ルピーで買ったギターは帰国後すぐ折れてしまったし、Tシャツは色が落ち、靴下はかかとに穴が開いてしまった。

 その市場の北側の方は芝生になっていて、たくさんの人が座ってのんびりしていた。僕も混ざってみることにした。しばらくすると細かいマリファナの葉の柄のパーカーを着たお兄ちゃんに話しかけられた。同年代か、少し下かくらいの感じだった。

 LINEやfacebookを開いて「日本人と友達なんだ」とアピールされる。これはインドにいれば誰でも経験することかもしれない。

 とりあえずお兄ちゃんにマリファナは買えるかと聞く。ニッコリした顔で「用意する」と言ってくれた。

 その日はシーザーとは別行動をとっていた。このあたりの記憶はごっちゃなのだが、お兄ちゃんが取引している元締めのところで、たまたまシーザーと再会することになった。その頃にはもう夜になっていた。

 マリファナはなかなか出てこない。初日のことがあった手前、すぐにモノが出てこない事が嫌になっていた。結局話は頓挫して、僕は兄ちゃんに「500ルピーやるからどこか行ってくれ」と言った。が、譲ろうとしないどころか、行く手を塞がれる。

 しばらく兄ちゃんにつきまとわれたが、ちょうど横にトゥクトゥク(3輪バイクのタクシー)が止まったので、すぐに出すよう伝えて出発してもらった。置いていかれた兄ちゃんが「わかった、500ルピーくれ!」とトゥクトゥクの横を追いかけ走りながら叫んでいたのが不憫だった。最初に言ったときに受け取っていてくれていたらなと思った。

 ホテルに帰ると、シーザーは自分がついていったおじさんと元締めに、ちゃっかりお金を搾り取られていた。


4,ジャイプールからゴアへ。

 ジャイプールではフッツーの観光をしたので割愛する。路上の観光者向けの売り子から、小さな太鼓を買って、古代の計算するための巨大な建造物を見た。

 一番安い「チョーミン」(やきうどんのようなもの)だけを食べ続けたので食レポは出来ない。インドで食べたもので一番おいしかったのはマクドナルドのフィレオフィッシュだった。マクドナルドは外国人の客も多く小ぎれいな人が集まる高級な空間で、入り口にはドアマンまでいた。値段もそこそこする。

 11月でもゴアは南国。泊まるビーチも転々とした。どのビーチにも特色があって面白かった。

 旅行者のドラッグ遊びが問題視されているので、『地球の歩き方』にはゴアのページが4ページほどしかない。インターネットでも情報は手に入らず、僕らはほとんど何も知らないまま、奥へ奥へ、南へ南へと、ビーチを転々と進んでいった。


 次回、ゴア編をお楽しみに!!





ふぉにまる

短編小説を連載させていただくことになりました。ふぉにまるです。

基本的に主食は音楽と映画で、小説は高校生の頃ぽつぽつと書いていた程度で自信がないのですが、表現自体が好きなので楽しく書いていきたいです。

大雑把になりますが、1番好きな映画は『ファイト・クラブ』。漫画は『寄生獣』。小説は『ライ麦畑でつかまえて』です。
音楽は、USインディーやオルタナティブロック、UKロック、シューゲイザー、ドリームポップとかその辺が好きです。音楽を聴き始めたきっかけは母親の棚にあったブルーハーツのCDでした。日本のバンドだと他にはフィッシュマンズやたまなどが好きです。僕自身も10代の頃から宅録などの音楽をやっています。バンドも最近久しぶりに始めました。まだ動き出したばかりなのでバンド名も定まっていないのですが、そちらもよかったらよろしくお願いします。

全般性不安障害、反復性うつ病性障害があります。中学は一年生の夏休みから不登校。中学二年生から心療内科に通っています。都立高校に入ったものの対人恐怖のためまた不登校。高卒認定を取得し、日大芸術学部映画学科に入ったものの、病気が悪化し、またもや不登校からの中退。大学一年の時に発達障害(広汎性発達障害や書字障害)と診断されました。

屋良さんとは、たまたま他のアーティストのファンという繋がりで出会ったのですが、10代の頃から僕の宅録を聴いていてくれたらしく、変な人もいるなあと嬉しく思い、それからの縁で付き合わせてもらっています。

つたないところもあると思いますが、読んでもらって面白いと思ってもらえるようなものを書きたいと思います。なにより自分が楽しいと思って書けるものを目指したいです。よろしくお願いします。

『明日の眼の裏』
ふぉにまる

虫の居所 前編

虫の居所 後編

「ふぉにまるのまぬけインド旅」