第三話
空白の触り方
成人して初めて会った父親は冷たく、もっと言うと物理的に冷たく、死んでいた。
だから父親のことは知らない。知らない、というか、生きていて父親のことを思いつかなかった。
葬式で柩を覗きながら、私はぼんやりしていた。むしろちょっと気まずくもあった。何故気まずいかというと、知らない婦人が、何故か私に寄り添っていたからだった。
「ほら。瞼さん、お父さんよ……。」
誰?
「ね、呼んであげて。お父さんに、会いたかったでしょう……。」
うーん、泣いてる?
知らない婦人が何故か泣いているし、何故か私のことを優しげに見ている。ありがとう。でも、どうしようかな。
顔をあげると更に父親親族一同みたいな人たちがこちらを見て、小声でなんか言い合っていたので、いよいよ気まずかった。まあ、そうだよな。会いに来ようとする道中で死ぬとは。たった一人の子ども。期待するのもわかります。なんかしないと……。
しかしこの時の私はあらゆるバイト面接で落とされるくらい人見知りであった。当然、初対面のお父さんにも人見知りしていた。
「…………おとうさん……」演出のつもりがかなり小声になった。みんな見ている。……折角なのでなんか、触っておくか。
それっぽく、頬の辺りに……。
ヌメッ。
お父さんは冷たく、ヌメッとしていた。この油は天然のお父さん由来の油なんだろうか。冷たくてヌメりがある。要素でいえばほとんど私のお父さんはめかぶだった。
だから、父親の体温を知らない。姿勢も、歯並びも、瞳の色も、声……は一度だけ電話をしたけど、忘れた。特に印象に残らなかったんだろうな。めかぶになってしまった。
はじめから与えられていないものを失ったところで、不在とすら認識できないんだと思った。
たまに「ご両親」はどんな人かと聞いてくれる人がいる。そうか、原則親って二人いるのか。
この前も喫茶店に入るなり野生の占い師に「あなた、お父さん元気ねえ?」と言われて、ハイ〜!そうなんです〜!とか言ってしまった。元気とは生者のための言葉だ。こういう時、冷たい油の感触を遠くで思い出す。
父親を知らない。父親は空白でさえない空白だ。
愛着は全くない。でも空白になったとわかってはじめて、思い出すことが出来るようになった。
父親は遺体だった。父親は、私が触ったただ一人の死んだ人間だった。私にとって死は冷たく湿っている。
死を透かしてのみ、少しだけ父親の存在に手が届くのかもしれなかった。
両親、と問われるときに落丁の本の白さでうなづいている
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鳥さんの瞼さんのマシュマロを開く
鳥さんの瞼(とりさんのまぶた)
歌人。
2024年に第一歌集『死のやわらかい』を点滅社より刊行。
